美しいと思える心

 小学校六年生時の担任の先生のよく言われていた言葉。「『美しいと思える心』が美しいんだよ。」学級で、あるいは毎日先生と交換していた日記で(先生との約束で全員が毎日日記を書いていました。)。全員に向けて、あるいは、個人に向けて。折々に、この言葉をかけてくれました。

幼かった私たちに語りかけてくれる先生。その頃には、「あたり前じゃないの。美しいものを見て美しいと思うのは。」と思っていましたが、大人になるにつれて、その言葉の深みが分かってきました。要は、その受け取り手の心のあり方ってことなんですよね。同じものを見ても、嫌悪感さえ抱く人がいるかもしれないし、その中でも幸せを見つける人もいるかもしれない。まだまだの所には目をつぶって、足りているところを拡大視して見ることができる人もいるかもしれない。そんなことを教えてくれていたんだな、先生は。と今では、思います。そんな風に哲学を語る先生のようになりたいな、と思ったのも、そういえば小学校教員をめざすきっかけの一つだったように思います。

 皆さんは、心に残る言葉、ありますか。誰かに言われたこんな言葉。あんな言葉。

 今、私の頭で蘇ってくる言葉。それは、母からの「雫ちゃん、大丈夫。人間は、充電したら、元気になるから。自分から動きたいって思う日が絶対来るから。」という言葉。その頃元気でなかった私は、半信半疑で聞くのがやっと。でも、何回も何回もそうやって私に言葉をかけてくれました。これは、私にとって大きかった。本当にその通りだ、と思える日がきました。もし、その日が来なくても、そうやって励ましてくれる人がいることが温かい、そう思えていました、病気の頃は。ありがとう、お母さん。そして、黙って耐え、ずっと見守り続けてくれたお父さん、ありがとう。私を元気づけてくれ、ずっと心配してくれていた妹、ありがとう。この世で出会い、私を支えてくれる運命になった人、みんなにありがとう。私は、こんなに元気になりました。そろそろこのブログも卒業するときが来たようです。そんな風に思いながら…(次号に続く。)

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