自分が自分を愛す

  みなさんは、どんな時に自分で自分を守ったなぁ、と感じることがありますか。

 自分の弱さをさらけ出して、結局自分にとって良い方向に支えてもらえた時。私は、自分がSOSを発信したことが、結局、苦しくなっている自分を救ったなぁと実感します。自分が、苦しいなぁ、苦しいなぁと思いながら生活している時。または、苦しいことにさえ気づかずに、一生懸命何かに邁進している時。周囲は、手を差し伸べようにも差し伸べられないかもしれない。当人に拒否されるかもしれないし、要らぬお世話と逆に怒らせてしまうかもしれない。周囲が、そんな思いを抱きながら、「あの人、だいじょうぶかなぁ」と心配している状況だってあるかもしれない、と思うのです。

 何が伝えたいかというと、自分で自分を守るために、困ったときには、「降参!」と手を挙げることが必要になる場合が大いにあるということです。そうしたら、周囲が力を貸してくれるし、貸してもらいやすい状況を自分でつくることができるということです。私たちは、人に助けてもらいながら生きています。そして、自分が「降参!」と手を挙げることで、人と人とがつながって、良い方向にして下さることが多くあるなって思います。そんなことを実感することが、最近、現実にありました。

 自分から伝えないと周囲に手を貸してもらえないことってある。自分が自覚しないと始まらないことだってある。周囲から先に手を差し伸べてくれることもあるけれど、その場合だって自分が受け入れる気持ちになっていないと、感謝してその親切を受けとめられないこともありますよね。

 素直に周囲の温かさに気づくには、自分がどんな状況になっているかを自分で洞察する眼がまず必要だなって思うこの頃です。なかなか難しいですけどね。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です