Category Archives: 木の葉 雫

最終回を迎えて

 ここまで、ご愛読くださった皆さん、本当に本当に、ありがとうございました。こうして、終わりを告げるのは、突然のような気もするし、もう今がいいころかな、とも思います。なぜなら、今思うところは全部書いてきたから。すべて吐露させてもらえたから。だから、私は幸せです。こんな場所がもらえて。チャンスがもらえて。

 「ブログを書いてみない?」と今回のことを私に勧めて下さった西川先生をはじめ、ホームページ開設にご尽力いただいた方々、時にコメントを寄せてくださったり、ご愛読してきてくださった方々、本当に感謝です。ここに厚くお礼申し上げます。

 これからも、自分を研鑽するべく、いろんなチャンスをものにしながら、生きていきたいな、と思います。本当に本当に、皆様に出会えてよかった。読んでいただけてよかった。そう思います。名残惜しい気もするけれど、一旦、ここで木の葉雫のブログは締めさせていただきたいと思います。これまで本当にありがとうございました。

 お礼に、最近目に止まった心に残る詩を紹介して終わりたいと思います。

    <うさぎ>        

                                 まど みちお 

    うさぎに うまれて

    うれしい うさぎ

    はねても 

      はねても

        はねても 

          はねても

    うさぎで なくなりゃしない

 

    うさぎに うまれて

    うれしい うさぎ

    とんでも 

      とんでも

        とんでも 

          とんでも

    くさはら なくなりゃしない

美しいと思える心

 小学校六年生時の担任の先生のよく言われていた言葉。「『美しいと思える心』が美しいんだよ。」学級で、あるいは毎日先生と交換していた日記で(先生との約束で全員が毎日日記を書いていました。)。全員に向けて、あるいは、個人に向けて。折々に、この言葉をかけてくれました。

幼かった私たちに語りかけてくれる先生。その頃には、「あたり前じゃないの。美しいものを見て美しいと思うのは。」と思っていましたが、大人になるにつれて、その言葉の深みが分かってきました。要は、その受け取り手の心のあり方ってことなんですよね。同じものを見ても、嫌悪感さえ抱く人がいるかもしれないし、その中でも幸せを見つける人もいるかもしれない。まだまだの所には目をつぶって、足りているところを拡大視して見ることができる人もいるかもしれない。そんなことを教えてくれていたんだな、先生は。と今では、思います。そんな風に哲学を語る先生のようになりたいな、と思ったのも、そういえば小学校教員をめざすきっかけの一つだったように思います。

 皆さんは、心に残る言葉、ありますか。誰かに言われたこんな言葉。あんな言葉。

 今、私の頭で蘇ってくる言葉。それは、母からの「雫ちゃん、大丈夫。人間は、充電したら、元気になるから。自分から動きたいって思う日が絶対来るから。」という言葉。その頃元気でなかった私は、半信半疑で聞くのがやっと。でも、何回も何回もそうやって私に言葉をかけてくれました。これは、私にとって大きかった。本当にその通りだ、と思える日がきました。もし、その日が来なくても、そうやって励ましてくれる人がいることが温かい、そう思えていました、病気の頃は。ありがとう、お母さん。そして、黙って耐え、ずっと見守り続けてくれたお父さん、ありがとう。私を元気づけてくれ、ずっと心配してくれていた妹、ありがとう。この世で出会い、私を支えてくれる運命になった人、みんなにありがとう。私は、こんなに元気になりました。そろそろこのブログも卒業するときが来たようです。そんな風に思いながら…(次号に続く。)

苦しい時は成長する時

 ある本に、「苦しい時は、成長する時」とありました。私は、それを読んで、目からうろこが落ちる思いでした。それまで、苦しい病気のことをネガティブにとらえていました。「私が、ストレスを溜めすぎたから…(こうなってしまった)。」「あの時、こんなことをしなければ…(病気を回避する方法があったのでは?)。」とか。

 でも、病気になることによって、新しい考え方や人生観を手に入れることができました。考え方の幅も広がったように思います。この言葉に出会い、過去の私の歳月もポジティブに受け止めることができるようになりました。「あの歳月があったから、以前と違う新しい考え方を持つ私がいる。」「あの苦しい歳月があったから、今こうして幸せを深く感じられる私がいる。」と。

 苦しいことや、例えば病気などは、ネガティブにとらえがちですよね。だけれども、いっぱいいっぱい悩んだり苦しんだりしたあとは、何か悟るというか、人生観が変わることがあります。それまで苦しんでいたのに、急に「そういうことだったのか」と開眼するようなことがあります。例えば、輪ゴムをピーンと伸ばして、もうこれ以上伸びないというところまで行ったら、急にパチンと左から右へ移動するように。

 病気になることは苦しいけれど、それも受け入れられる自分ができたら素敵ですよね。もう怖いものなしというか。これからの人生が、ドシッと構えて、うろたえることなく迎えられるような気がします。

 生きるってそういうことかなって思います。いろんな経験をして、怖いものが少なくなっていくというか、「何が起きてもどーんと来いだ!」と自分の心の幹が太くなっていくような気がします。みなさんは、どうですか。

ブレスコントロール

はて、「ブレスコントロール」とは?。習っているフルートレッスンで教えてもらった言葉。ブレスとは、息、呼吸。コントロールとは、そのまま、コントロールすること。合わせて、呼吸のコントロールという意味。特に、リズムの速い曲では、重要になってくる。どこで呼吸をするか。息を吸うか。吸わないと吹けないんだけれど、吸う場所がない。なぜなら、次の音をすぐに出さないといけないから。

そんな練習をしていて、「はて、生きることにも通づるのではないか。」と気づいた次第なんです。生きていると、活動的な時、休憩する時、いろいろありますよね。それを上手にコントロールしないと、疲れて寝込んでしまったり、病気になったり。

要は循環ですね。吸うこと、吐くこと。休憩ばかりでもやれないし、活動的ばかりでもこれまた困る。

楽しいことをするためには、準備もいるし、時には、休憩も必要。力もためながら自分が楽しめることに没頭できると最高ですよね。

特に、精神的な病気になる場合は、この休憩したり、活動したりというのが、うまくできなかった場合が多いのではないかと思います。でも、病気になったからって遅くない。病気になってからでも、そこから、力をためて、ためてためてから、また出直せばいい。時間はあるのだから。後悔しないで、また新たな呼吸をし始めればいい。そう思います。

チャンス

 チャンス・きっかけ…。幾通りにも解釈できるけれど、苦渋の場面に立たされたとき、それはチャンスだと思うのです。試されている人生の試験みたいなもの。

 私は、病気になってみて、思うのです。「人生って、間違いや失敗をすることをゆるされた時間」だな、と。もしかしたら、病気にならない方法も生き方も、私の人生にあったのかもしれないけれど、現実、私の人生には病気があった。それは、それまでの自分の生き方の清算だと思うんですよね。頑張りすぎだったり、ストレスを蓄積しすぎたりしたよというサイン。それを当人に分かるような形で示してくれた。「あなたは、あなたの(それまでの)生き方ではもう先に進めませんよ。」という。そこで、自分が試される。(チャンス。)ここで、今後の人生に必要な技量をつけなさい、と。思いやりであったり、感じ方、人生の方向性であったり…。

人生の路線変更を強制的にさせられるときは、苦しいけれど、それもまた人生。新しい自分に出会えるし、新しい道ができる。これまで失敗や間違いをした自分を見捨てることなく、また新しい道を歩ませてもらえるんだなって思います。苦しいときは、だからってワクワクなんて気分にはならないけれど、人生の途中なんですよね。失敗も間違いも。こうして人生の路線変更をするのもゆるされている。これまでの自分とは違う自分を発見できる人生を歩むこともゆるされている。ゆるされた中で、存分に自分の人生を歩もう、毎日毎日を大切に生きようって思いますね。苦しくっても前を向いて歩くんだから、私は!。病気になんか負けないぞ。

孤独

 ちょっと今回は、重い(?)言葉のテーマを選んでみました。誰しも生きていると、孤独を感じることがあろうかと思います。一人壁にぶち当たったとき、悩むとき、病気になったとき、大きな決断をしなきゃいけないとき…。自分だけの生き方を、痛みを味わわなければならないときってありますよね。各々の立場でいろんなバージョンの味わいがあるけれども、やはりその中で病気というのも一つ大きな節目やハードルになることがあるだろうな、と考えます。

 自分の場合を考えても、病気にならなかったら、こんなに内省したり、一人の時間を多く感じたりすることがなかったろうと思います。一人、窓から幾時間も空を見上げたり、季節のにおいや風を感じたり…。深く深く考える力がついたかしら。他人を思いやる心のひだができたかしら…。と思うこの頃です。「神様は、私の人生にこんな(大変な)プレゼントを下さったのね」と思うときもあるけれど、きっと、自分の人生に必要な時間だったのでしょう。それがないと、次の人生で起こることの喜びを本当には理解できなかったり、深く味わうことができなかったり。他人に対する配慮が欠けてしまったり。

どんなに不幸に思えることも一つもむだなことはなかったんですよね。つらいことも悲しいことも。その時は大変に思えることもそうやって過ごした時間も私のために授けられたんだな、と思います。

そうは言っても、やはりその時は、大変ですけどね。

でも、どんなに不幸に思うこともその先には、また新たな道につながっている。後から辿ってみると、こんな道の行き方だったんだ、私の人生は、と分かる時が来る。そう思います。

時間

 みなさんは、どんな時間を過ごされながら、このブログを見てくださっているのでしょうか。時間。…それは、不思議なもので、早く感じるとき、ゆっくりと感じるとき、苦しいとき、楽しいと感じるとき。色々ありますね。私は、病気をするまで、とにかく一生懸命何かをしている時が一番輝いている時、と実は誤解しておりました。時間について。

 例えば、こうして文章をパソコンでパタパタ打つなど、何か作業している時こそが、なんだか有効に時間を使っている!と思いがちでした。けれど、実は、溜めている時間やボーっとしているような時間もそれと同様かそれ以上にとっても大切だということに、私は病気になってから気づかされました。

 溜めている時間やボーっとしているような時間は、ゆっくりと流れ、なんだか怠けているように感じていました。それまでの私は。

何かひらめいたり、目に見えて作業や仕事をして、活動的に過ごす時間こそが輝いた自分、だし、有効な時間!と思っておりました。でも、大きな誤解ですね、この捉え方は。と、今の私なら思います。充電するから外に吐露するものも生まれるし、充電するから、自分らしさも失わないでいられる。病気になって、ゆっくりとした時間を過ごすことを余儀なくされ、やっと意識の変換を求められたのでした。

 先日、「自分が自分を愛す」で、末尾に「自分がどんな状況になっているかを自分で洞察する眼が必要」と書きました。そのためにも、自分と向き合う時間、何も生み出さないように見える時間、ゆっくりと流れる時間に浸ることが大切だなぁと、この頃身に染みて思うようになりました。そして、その時間の流れ方にも慣れることが必要と感じる日々です。そんなことも、私は、病気になることによって教えられたのかなぁって思っています。

きっと、活動的な時間もゆっくりとした時間も両天秤で大切なのでしょうね。

自分が自分を愛す

  みなさんは、どんな時に自分で自分を守ったなぁ、と感じることがありますか。

 自分の弱さをさらけ出して、結局自分にとって良い方向に支えてもらえた時。私は、自分がSOSを発信したことが、結局、苦しくなっている自分を救ったなぁと実感します。自分が、苦しいなぁ、苦しいなぁと思いながら生活している時。または、苦しいことにさえ気づかずに、一生懸命何かに邁進している時。周囲は、手を差し伸べようにも差し伸べられないかもしれない。当人に拒否されるかもしれないし、要らぬお世話と逆に怒らせてしまうかもしれない。周囲が、そんな思いを抱きながら、「あの人、だいじょうぶかなぁ」と心配している状況だってあるかもしれない、と思うのです。

 何が伝えたいかというと、自分で自分を守るために、困ったときには、「降参!」と手を挙げることが必要になる場合が大いにあるということです。そうしたら、周囲が力を貸してくれるし、貸してもらいやすい状況を自分でつくることができるということです。私たちは、人に助けてもらいながら生きています。そして、自分が「降参!」と手を挙げることで、人と人とがつながって、良い方向にして下さることが多くあるなって思います。そんなことを実感することが、最近、現実にありました。

 自分から伝えないと周囲に手を貸してもらえないことってある。自分が自覚しないと始まらないことだってある。周囲から先に手を差し伸べてくれることもあるけれど、その場合だって自分が受け入れる気持ちになっていないと、感謝してその親切を受けとめられないこともありますよね。

 素直に周囲の温かさに気づくには、自分がどんな状況になっているかを自分で洞察する眼がまず必要だなって思うこの頃です。なかなか難しいですけどね。

 

役割

  来年の3月で、2011年3月11日に起こった東日本大震災から2年目を迎えます。当時のことやそれからのことを思うと、被災者の方々は、どんなにか大きな悲しみや不安を抱え、時節柄、心も体も寒い思いをしたことでしょう。そのことに思いを馳せます。

東日本大震災があったことによって、被災地の方々、それより遠くに住んでいる方々にも大きな影響があったと思います。

それ以前よりも、「祈り」とか「感謝」といった言葉をスッと口にできやすい世の中になりました。

 皆それぞれに「何か自分にできることはないか」、「ボランティアをしてみよう」など、自分にできることを探しました。

 被災された方々を励まそうという気持ちが強かったと思うけれど、その被災にあった子どもたちにも大きな影響があったと、私は思います。例えば、その頃10歳だったとしたら、2021年には、20歳。2031年には、30歳。世の中に貢献する世代になります。

 その人の人生の何歳の頃に震災を受けたかによって、影響の作用は大きく違ってくると思うけれど、私は、次世代を担う子どもたちには大きな期待をしたい、してもいいと思うのです。

 昭和の急成長時代を経て、世の中は便利になり、物があふれました。物品的には何不自由のない時代になりました。でも、心は豊かであるのか。若者は希望をもって生活できているのか。そんな声が聞かれる世の中になりました。そんな世相の中での出来事でした。震災は。

私たちは、それまでの日常の幸せがなんてかけがえのないものだったかを知りました。また、自分にできることは何かをそれぞれに考え始めました。

音楽ができる人は、それで世の中を活気づけてくれたらいい。執筆ができる人は、それで何かを訴えてくれればいい。直接人を癒す喫茶を開いてくれる人は、それで人の心を温めてくれればいい。そうやって自分にできることをすればいい。そうしたら、世の中は成り立っていくし、自分の存在意義も確かめられていく。そんな風に思います。

拾う神あれば捨てる神あり(!)

寒さを感じる季節になってきましたね。冬を味わったらまた、暖かな春が来るから大丈夫。季節は巡っていますよね。

 さて、この題。「あれっ。」と思った方も多いはず…。というのも、普通は、『捨てる』が先です。あえて逆に書いてみました。逆思考で考えてみようと。というのも、拾う神ありが先にあるから、捨ててくれると考えたらラクじゃないですか。ラクだし、本当にそうじゃないか、と思うようになったのです。辿り着く先には、自分を拾ってくれる人や環境があるから、何か人生の上で(その時は、不幸に思えるようなことでも)大きな事柄が起きて、人は、人生の路線変更をするのではないかと。私だって、大きな病気があったからこそ、このポジションがもらえるいきさつになり、こうして、皆様にお会いすることができるようになった、と考えられるのです。

 私は、大学卒業後、子どもの頃から憧れていた職(小学校の教員)につきました。その頃は、「自分に合っている。天職だ。」とさえ思え、毎日が充実しているように感じていました。ですが、病気を発症しての休職を経て今、再就職し、とても幸せを感じます。何といっても、生きるのがラクになりました。ありのままに生きて、人や社会は、受け容れてくれるんだという安心感のもとに生きることができています。そして、教員の頃には感じ得なかった感情の深みや新しい人生観をもつことができました。それは、前の自分を否定しているのではなくて、その頃も今の自分を形成するために必要な期間だったということです。もちろんその頃の自分も今の素地になっています。こうして、ブログが書けるのも、学級通信を出したり、小論文の試験勉強をした過去のおかげです。今の職を幸せに感じられるのもいろんな人のおかげさまです。そう思えるというのがまた、幸せです。だから、どんな自分が待っているか分からないけど、人生山あり谷ありにも感謝。