入院症例16 うつ病のリストカットとして紹介されたアルコール依存症

Key word  若年女性 リストカット うつ病 アルコール依存症の診断・治療 

20歳代 女性

リストカットをして総合病院外科を受診。精神科クリニックでうつ病として治療中であったが、情動不安定なため総合病院外科医から当院紹介受診に至る。

初診時
家族同伴受診。
生活歴を聴取中、酒臭に気付き酒歴について尋ねたところ、17歳から飲酒しているとのことであった。
「当時は何を飲んでいた?」と質問したところ、著者をまじまじと見つめ、何故そのような事を聞くのかと怒ったような物腰で問い返す。
「貴女を一瞥してアルコール依存症を疑ったので酒歴を聞いている」と答えると、しばらく沈黙した後「自分では酒が問題だと思っていたのだが、どの医者もその事を聞いてくれないので言い出すチャンスがなかった」と返答する。その後急に素直な態度となり、正直に病歴を話してくれる。以下は本人から聴取した酒歴である。

14歳時頃からむしゃくしゃした時にチュウハイを飲むようになった。この数年は焼酎1日3合程度。高校卒業後就職したが、次第にやる気が出なくなり、精神科クリニックで治療を受けている。現在うつ病で休職中。自宅にいるため毎日朝から飲んでいる。1升パックの焼酎が2日でなくなる。
また2年前からは歌が聞こえるようになった(幻聴)。

血液検査:肝機能異常なし CT:軽度脳萎縮  手指振戦なし(⇒参照18

診断・治療方針
アルコール依存症と診断した。
アルコール治療を希望され即日入院となった。

当院アルコール依存症治療プログラムは8週間であるが、精神科クリニックからの診断書で休職しているため、今回はその期間終了までの6週間を治療期間として設定した。

薬物治療として以下処方した。
処方
1) セレナール(10mg) 2錠   1日2回 朝・夕食後 (1回量 1錠)
2) レボトミン(5mg)1錠
レンドルミン(0.25mg) 1錠 1日1回 就寝前

治療経過
入院後は穏やかに過ごし離脱症状も出現しなかったが、入院3日目と10日目に外泊を強く希望し父親もそれを受け入れる(アルコール依存症治療プログラムでは、原則入院後1ヶ月間外泊を許可しない)。

入院19日目 突然退院希望あり キーパーソンであった父親も了承。アルコール治療プログラムも不十分のまま退院となる。退院に際しては本人と父親、婚約者に「若年発症で、脳萎縮まで起こしている状態である。再発のリスクが極めて高いため、シアナマイド(抗酒薬)を必ず服用するように」と告げた。

退院時処方
1) セレナール(10mg) 2錠  1日2回 朝・夕食後 (1回量 1錠)
2) レボトミン(5mg)1錠
レンドルミン(0.25mg) 1錠  1日1回 就寝前
3) シアナマイド 5ml 1日1回 朝

退院20日後
飲酒の上、家族に死ぬと電話してリストカット(20針縫合)し、総合病院で大暴れしてパトカーに乗せられ深夜当院に搬入される。退院後は毎日飲酒していた様子。受診時は酩酊状態ではないが、「家に帰る」の一点張りで、入院に対する同意は得られず、警察官、看護師の制止を振り払い出て行こうとし、興奮状態を呈する。この為医療保護入院として隔離室に入院となる。薬物治療は、退院時と同処方とした。

再入院3日後
本人、父、姉、婚約者、主治医で今後の治療契約を取り交わす。
1) 父親は娘(本人)の希望を受け入れやすいため、姉にキーパーソンになってもらう。
2) 病状が安定するまでは医療保護入院とする。
3) 閉鎖病棟に入院中は閉鎖病棟の規則の従う。
4) 病状安定し開放病棟に出た場合は開放病棟の規則に従う。
5) 入院期間は1ヶ月程度とする。
その後も「何が何でも依存というのは間違っていると思う」「息が詰まる。出たい」と泣きながら訴え、「ハンガーストライキをする」と抵抗を示したが、次第に落ち着く。

入院10日目
裏切る事(自傷、飲酒)をして入院したのは甘えがあった。また元気になる事が皆に対する恩返しと思うと言う。

情動安定したと判断し、開放棟に転出し、任意入院に処遇変更した。
アルコールプログラム、SST、OT活動にも積極的に参加してアルコール依存症についての自覚も芽生えて来た。

当院アルコールプログラム前期目標
1. アルコール依存症と自覚する事ができる。
2. 酒を飲んではいけない事を理解できる。

本人振り返り文(要約)
○この度は2回目の入院という事もあり、前回の入院では学べなかった様々なアルコールによる体への影響や、なかなかやめられない恐ろしさを理解する事ができた。
○自分は酒の量をコントロール出来ずに、飲んでしまう。お酒が切れてしまうと、離脱症状が起こるという2点から、普通の酒飲みと、アルコール依存症との線引きがされている事を学んだ。
○そしてアルコール依存の治療は断酒しか方法は無いといった事を学び、節酒ではなく、断酒という事をよく理解できた。

入院36日目
「入院して良かった」と本人が言い、「良く頑張った」と主治医は本人を称え退院となる。

退院2週間後受診し、1日だけ缶ビールを2本飲んだが以後は断酒し、仕事に行っていると話す。
以後3年間受診なし。

診療のポイント
本症例の長期予後は不明であるが、少なくとも退院後3年間は、問題行動を起こしての受診がない事から、社会生活が送れているものと推察される。アルコール依存症の治療は1)入院により酒から離脱し、精神的・身体的依存状態を絶つ。2)断酒ミーテイングにより、通常の飲酒状況ではなく、アルコール依存症という病気であるとの自覚を得る、の2点がポイントである。この症例は若年発症であり、情動不安定な難治例(再発を繰り返す)と思われたが、2回目入院時の治療契約とアルコール依存症学習プログラムにより依存症という病気を自覚し断酒出来た、かなり稀な例と考えている。

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