入院症例4 多様な病名で診断・治療されていた適応障害

 

Key words  てんかん うつ病 身体表現性障害 統合失調症 葛藤処理能力

 

20歳代男性

高校時代いじめに合い中退。以後仕事を転々としている。20歳時記憶がなくなり、奇妙な行動をし、A総合病院で脳波、MRIに異常はなかったが「てんかん」と診断された。抗てんかん薬を1年位服用して止めたが以後奇妙な行動は見られていない。3年半前婿養子(入院後に判明)に入り、1子あり。2年前には複数の精神科クリニックでうつ病と診断された。1年半前「声が出にくくなる」「歩きにくくなる」「死にたい」と訴え、B精神科病院に1ヶ月間入院した。軽快退院したが、3ヶ月前より不安、抑うつ的となり、その後対人不安が出て仕事を休むようになった。このためB病院を受診したところ身体表現性障害と診断されセロクエル(100~200mg)が投与された。

不安抑うつの他、記憶がとぶ、対人関係に過敏、関係念慮、悪口などの幻聴、悪夢を見る、右手の振るえ、頭痛などを訴え、当院を受診した。外来担当医は悪口など激しい幻聴を主症状として判断し、統合失調症と診断し、ジプレキサ5mgを処方した。翌日幻聴激しく、焦燥感も強いため当院急性期開放病棟入院となる。

 

治療経過

入院日:主治医(筆者)面接

医師:どうしている?> 患者:寝ていた。

落ち着いている?>はい。

幻聴は?>今はない。

まだ会社に籍はあるの?>はい。

主治医考察:落ち着いており、統合失調症としては緊迫感(プレコックス感)に乏しく、会話はまとまり、思考障害は認めない。統合失調症の診断には主治医としては否定的であったが、強力な抗精神病薬であるジプレキサを10mgに増量処方し、幻聴など統合失調症症状に対する薬物の反応により、治療的診断を行う事とした。

翌日

すっきりしているね>はい。

ぐっすり眠って楽になった?>はい。まだ多少声が聞こえる。

自分では何が一番困る?>頭が痛かったり、声が聞こえてきたりするのが困る。

昨日は熟睡しているが、服薬はしてないと言う。看護記録にも『2度起こしても起きないため、服薬は保留』と記載されている。

主治医考察:統合失調症は過覚醒が病態であり、入院当日に2度起こされても起きず、服薬無しで20時から翌朝6時まで熟眠することはあり得ない。しかし同薬継続で経過観察とした。

入院4日目

どう?>まあ何とか。

声が入ってくるのは?>少しはある。

何と?>死ね死ねと聞こえる。家族を殺す悪夢もみる。

悩みがあるの?>収入がない。

高校はなぜ辞めたの?>面白くなくなって。

それからどうしていた?>いろいろな仕事をした。

結婚はいつしたの?>はっきり覚えていない。

主治医考察:結婚の経緯を覚えていないのは知的レベルの問題かと思われたが、後に婿養子であることが判明し、心因性の抑圧も考えられた。

6日目

「あの薬(ジプレキサ)では幻聴がひどくなった気がする。昨日妻がきて無性に腹が立った。」と話す。

手指振戦あり。

同日、ジプレキサは幻聴に無効である事から、病名を統合失調症から適応障害に変更し、不安症状に焦点を絞り、リボトリール(0.5)2T/1日2回朝・夕、エビリファイ(6)1T/夕とした。

10日目

幻聴は?>すごく聞こえる。以前から家族を殺す夢ばかり見る。

ここでも見る?>ここでは見ない。叔母のところに泊りに行くと安定する。

作業療法は?>知らない人がいるから行きたくない。今は声が聞こえてもつらくない。

死にたいとかは思わない?>はい。

12日目

妻と面談。

病名は適応障害と説明。

本人は婿養子で妻の両親にお金を借りていることなどから遠慮があり、家庭生活もストレスである事がはっきり分かった。

夫妻と同時面接。

本人より「声が入る原因がわかった。会社のある人の声だった。今の会社を辞めればなくなると思う」との言葉が出た。

今後どこで静養する?>叔母のところに行く。そして以前の会社で働きたい。

表情がしっかりしてきている。今後仕事をする事が治療だと伝えて、退院とした。

診療のポイント

20歳時記憶がなくなり、奇妙な行動をし「てんかん」として診断・治療されたのも、婿養子となりうつ病として2つのクリニックで診断されたのも、1年半前の「声が出にくくなる」「歩きにくくなる」や今回の幻聴も葛藤処理能力が低いために、ヒステリー(転換)性に生じた適応障害として考えるとすべて説明がつく。入院して葛藤の多い職場・家庭から離れ、また悪夢や幻聴の内容を主治医に語る事で、特定の人からのプレッシャーにより幻聴が生じたという自己洞察が得られと考えられる。以後急速に症状は改善し、退院に至った。この症例では薬物療法は治療的診断の役割を担ったに過ぎなかった。

 

 

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