参照5:食事無理強いせず平穏死を

平成23年12月5日 山陰中央新報より

石飛幸三医師(東京)  飯南で講演

~ 「もう一口」が誤嚥、胃ろうに ~

食事を無理に補給せずに静かに逝く「平穏死」をテーマに、東京・世田谷の特別養護老人ホーム芦花ホームに勤務する石飛幸三医師(76)の講演会(飯南町生きがい村推進センター主催)が島根県飯南町であった。「『平穏死』のすすめ」の著者でもある石飛医師は「体が受け付けないのに無理に入れると、本人を苦しめる」と訴えた。講演要旨を紹介する。(生活文化部・桝井映志)

 

わたしはかつて外科医として病院に勤め、「人は生きなきゃならない。医学は生き続けさせることだ」と、それだけ考えてきた。2005年12月に芦花ホームの配置医になり、そこで起きていることを見て、驚いた。

入所者は平均年齢90歳、認知症の人が9割を占める。怒鳴ったり、ひっかいたりする人の機嫌をとって、介護士が食事の介助をしていた。よく食べて元気でいてほしいと、真面目に食べさせようとする。「三食完食させるのが介護士の腕だ」と妙な思いを持つ人もいた。

体が衰えているのに、「もう一口」という思いがあだになり、食べ物が間違って肺に入ることによる「誤嚥(ごえん)性肺炎」がよく起きていた。病院で肺炎は治せるが、反射の衰えた脳の状態は戻らず、誤嚥は治せない。体外から管で胃に栄養を送る「胃ろう」を付けるということの繰り返しだった。

そもそも、なぜ誤嚥性肺炎が起きるのか。そこを押さえることが大事。

そう考える一つのきっかけになったのは、ある女性入所者のケース。夫が胃ろう造設に反対し、「自分が責任を持って食べさせる」と言って、病院からホームに連れ帰った。女性は1日わずか600キロカロリーのゼリー食で1年半、生きた。最後は何も食べなくなり、眠って10日後に息を引き取った。

たんの吸引の必要がない、静かな亡くなり方。口を湿らせる程度で、水も飲んでいないのに、おむつにおしっこが出ていた。「これが人間の死に方なんだ」と驚いた。

生かし続けないといけないという観点からすると、脱水にならないよう、水分を補給する。すると、むくんでくる。たんが出て、吸引しないといけなくなる。よかれと思ってすることで、苦しめているのではないか。

日に日に様子を見て、体が受け付けなくなったら、食事の量を調節するようになり、芦花ホームでは誤嚥性肺炎が減った。今は枯れるように逝く方が大半。「1日でも長く生きて」という家族の思いは大事にしなきゃいけないが、平穏死をちゃんと受け入れられれば、胃ろうを造らなくて済む。

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