入院症例18 統合失調症として紹介された薬物依存症

Key word うつ病 リタリン 幻覚妄想 医原性疾患 転地療養

40歳代男性
二浪し都会の大学に入学。1年留年し卒業した。卒後2年間で3回の転職をした後、広告代理店に勤める。当時は仕事柄接待が多く、飲み歩き2~3時間睡眠で仕事に行くような生活状況。地方転勤となり、一人部長として働き過労状態となる。気分が塞ぎこむ為クリニックを受診したところ、リタリン(神経刺激薬:覚せい剤に近い作用機序を持つ)が処方された。うつ状態は改善せず、仕事が出来ないため退職して29歳時帰省した。以後はアルバイトを一時した程度で無職。帰省地のクリニックを複数受診し、リタリンを継続服用していた。またアルコールにも依存し、衰弱状態となり、33歳時総合病院精神科に4ヶ月入院したが、同院で幻覚妄想状態を呈して統合失調症と診断された。以後は同院にて治療継続。当院受診1年前には薬物依存(感冒用市販薬)で同院に1ヶ月間入院した。

総合病院精神科の処方(一日量):ロドピン125mg(抗精神病薬)、リーマス400mg(気分安定薬)、アキネトン3mg(抗パーキンソン薬)、以下抗不安薬・睡眠導入剤 セパゾン3mg、ロヒプノール2mg、レンドルミン0.25mg、頓服としてマイスリー(5mg)1T、デパス(1mg)1T(特にデパスは1日に4~5錠服用していた)

父親は他界し、母、弟と同居。父親が他界してからは押さえがなくなり、家族のクレジットカードを使い、インターネットで高額な品物や薬物をたびたび購入する。。当院のホームページを叔父が見られ、転地療法が必要と考えられた。家族から引き離す事で、何とか現状を変えたいとの切実な思いを持たれた母親・叔父同伴で当院初診となった。

初診時
紹介状は持参されず、自ら病歴を語られる。語り口から思考障害は認められず、接触性も良好で人格の崩れも感じられない。
幻覚があるかとの問いには、リタリンを服用していた時は「殺される」とか感じていた。幻聴もあった。今は幻聴だけはある由。人格面の問題(叔父によれば、昔から思い通りにならないとすぐカッとなっていたが、次第にひどくなった)はあるとしても、リタリンにより精神障害が惹起された可能性が大で、診断は薬物依存及び人格障害とした。

入院予約とし、10日後に急性期治療病棟開放サイドに任意入院となった。

治療経過
入院時
どうですか?>今は幻聴ありません。眠れないのが困ります。今は市販薬を含めて薬を飲みたいという気持ちはありません。
SST、アルコール治療プログラム、柔道療法などに参加されるように伝える。
入院時処方
1) リボトリール(1mg)2錠 /1日2回 朝・夕 食後
2) ベンザリン (10mg)1錠  クエチアピン(100mg)1錠 /1日1回 就床前
頓服は依存を形成しがちであるのでは一切処方しないと宣言しておいた。
以後処方変更はなし。

入院2日目(担当ナースとの問答)
「急に薬が減ったのでソワソワする」と訴える。「夜間は良く眠れるが午前中は落ち着かないので頓服が欲しい」と希望。「頓服は処方されてない」と伝えると了解される。
午後再度「落ち着かない。ホームシックもあるが」と言われる。院内散歩しながら話を聞くと「薬が欲しいから前の病院に戻りたい」と言われる。「特に入院して1週間が辛いと思うので、頑張りましょう。愚痴ならいくらでも言って下さい」と言うと「話したら楽になりました」と返答される。

入院6日目 主治医診察場面
どうですか?>精神的に辛い。ここに来て如何に郷里が良いかが分かりました。
浜田で生活されますか?>無理です。
常に調子の高い状態を求めていますね?>そうですね。お見透しはさすがですね。

情動の不安定なのが人間であるので、その状態を受け入れられるようにアドバイスした。

同日、「おまえら家族を皆殺しにして自分も死ぬ・・・」との内容の手紙が母親に届いた。また「本人が電話してきて怒鳴られた」と母親より連絡があった。

病棟では表面上の対応は穏やかであり、外出時間もきちんと守られているため、現状のまま見守りを続けることとした。後に、当時の自己内面の精神状態を主治医に語ってくれたところによると、周囲が全て敵に見え、何かあったら『やっつけてやる』と思っていたそうである。
以後10日間はほとんど他患者とデイルームで交わる事もなく、病室に引き篭もっていた。

入院11日目
浜田には慣れたのでもう大丈夫です。
過呼吸が怖いので、昼の薬が欲しいと希望される。
リボトリールとデパスの作用持続時間の違い。薬物依存に対して頓服は良くない事を再度説明すると納得される。「3ヶ月間は入院して郷里に帰る。通院は当院で行う」と内面の葛藤など感じさせず、「あっけらかん」とした感じで話される。

入院14日目(担当ナースに)
柔道が良かったです。どうして良いのかはっきり分かりませんが気持ちが変わりました。母親に悪い事をしたと思います。家にも電話はしていませんと穏やかに話される。

入院15日目
叔父、主治医、病棟PSWにて3者面談。
先週、母親は心労で3日間ほど入院した。この為自宅への退院は難しい。経済は母の年金と弟の給料だけの生活であり、本人を経済的に支える事は困難であると話される。
本人の了解が得られれば、浜田で生活保護を受け、アパートで単身生活の方向で進めるが、本人が拒否すれば自宅に退院しかないと伝え、今は治療者と本人が信頼関係を築く時期であるので2ヶ月後に再度面談を持ち方向を決めたいと話し、了解される。

入院16日目
昨日の面談の結果を本人に伝える。
1) 3ヶ月間入院。退院後はアパートを借り、生活保護を受け生活する。
2) 浜田での生活が安定すれば、郷里への転居も可能。
3) 障害年金には該当しないので、上記以外には選択肢はないと説明する。
即座に「そうします。もう親には迷惑は掛けません」と明るく返答される。

この時点では大分浜田の生活になれ、冗談も言い、明るくなったとナースの評価。

入院18日目(担当ナース)
「まだ波があって安定しない。でも色々な事を無理に我慢しているのではなく、自然に我慢が出来るようになった。これから先は分かりませんが・・」と笑顔で話される。

入院24日目
どうですか?>落ち着いています。入院前は体が重かったけど、今は軽くなった感じです。
貴方は二重人格なのですかね?(担当ナースに自分は二重人格ですからと話している)>そんな事まで記録してあるのですか(吃驚した様子で)
結局親とかに甘えていたと思う?>自分でも離れた方が良いと思います。
今の処方で安定したと思う?>学生時代の自分に戻ったような気がします。

握手を求められ主治医も応じる。晴れやかな表情をされている。

入院29日目
就労継続支援事業所しおかぜ見学。
見学後「正直舐めていました。全部担当スタッフが住む場所とか、働く場所とか考えてくれて、自分はそれに乗っかるだけと考えていました。自分で出来る事に援助は無く、出来ない所だけに援助が入ると聞きちょっと気を引き締めないといかんと思います」と感想を述べられる。

その後さしたる問題行動も認めず、叔父が保証人となりアパートも決まり、生活保護を受給して、就労継続支援B型(リネン・洗濯事業や庭園整備、リサイクル事業)で就労する事となり、入院3ヶ月で退院となる。

退院後半年が経過して友人もでき、浜田の暮らしにもなれ、仕事と毎週1回の柔道療法を楽しんでいる。金銭面では清貧であるが、都会の広告会社勤務時代よりは、はるかに充実した生活を楽しんでいると話されている。

診療のポイント
今回の入院経過より考察すると、病前の人格面(本人の言では二重人格、叔父の言では思い通りにならないとカッとする)に多少の問題があるとしても、うつ病の発症時にリタリン(ほぼ覚せい剤と同様な薬理作用を持つ)を処方された為、医原性に発症した薬物依存症と診断した。その後の郷里の病院での治療に関しても、抗不安薬、睡眠薬の多剤大量療法が行われ薬物依存症の治療が適切に行われたとは言い難い。とくにデパスは即効性があり、作用持続が短く情動のコントロールが可能な為、依存が形成され易い薬物である事を広く認識される必要がある。当院での適切な薬物療法、担当看護師の適切な介入、SSTや柔道療法、就労支援事業などの総合的治療・リハビリにより、劇的な改善が得られたと考える。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です